フランス

「フォンテーヌブローの宮殿と庭園」フランスで花開いたルネサンス!

フォンテーヌブローの宮殿

 

イタリアから初めてルネサンスがフランスにもたらされたのがこの宮殿です。

歴代王たちによって増改築されたことにより、さまざまな建築様式が混在しています。しかも、不潔な町といわれていたパリを、「芸術の都」と呼ばれ愛される街へと飛躍させる原動力となりました。

 

今回はフランス最大のルネサンス様式の宮殿「フォンテーヌブローの宮殿と庭園」をご紹介します。

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フォンテーヌブローの宮殿と庭園とは

この宮殿は、もともとフォンテーヌブローの森の中にある王の狩猟の館でした。この館を大改修したのは、1528年のこと。ヴァロワ朝のフランソワ1世がイタリアに遠征した時に、ルネサンス芸術の美しさに魅了され宮殿建築を決意。フランスで初めての本格的なルネサンス様式で建てられた建築物としても有名です。

 

フランソワ1世の元でジル・ル・ブルトンが、黄金の門や楕円の宮廷などほとんどを設計。セバスティアーノ・セルリオやフランソワ1世が晩年庇護していたイタリアの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチも宮殿建築に際し呼ばれています。残念なことに、フランス革命でこの宮殿は一端荒廃してしまいました。その後、皇帝ナポレオン1世によって、修復されています。

 

彼の集大成ともいえる優雅なルネサンスの宮殿『フォンテーヌブローの宮殿と庭園』は、1981年に世界遺産に登録されました。登録基準は、文化遺産(ⅱ)(ⅵ)です。イタリア遠征は叶わなかったものの、フランソワ1世がフランス王の威信をかけて建てたといっても過言ではないでしょう。

 

フランス歴代王たちに愛された宮殿のみどころ

この宮殿は、フランソワ1世からナポレオン3世までが次々と王の威信をかけて増改築を繰り返しました。いわば王たちの歴史の生き証人といえるでしょう。さまざまな様式がひとつの宮殿として、バランスを崩さず自然な形で存在している素晴らしいもの。また、博物館のように、12~19世紀のフランス建築様式の移り変わりが見て取れるのも魅力です。

 

黄金の門、舞台の間、白馬の庭、それらを繋ぐ「フランソワ1世の回廊」は、第一フォンテーヌブロー派と呼ばれたプリマティッチオとロッソの装飾が見事です。フレスコ画や化粧漆喰、絵画で埋め尽くされたこの回廊は、「マニエリスム様式」の傑作といわれており、この宮殿のハイライトです。

 

息子のアンリ2世の時代には宮殿が拡張され、フェリベール・ド・ロルムが担当しました。ギリシャとローマ神話のフレスコ画やイタリア様式の天井が見物の「舞踏の間」は、宮殿最大の部屋でプリマティッチオが作ったもの。全ての宗教を描いた天井絵が素晴らしい三位一体の礼拝堂や王の私室、ディアヌの回廊など、第二フォンテーヌブロー派たちの功績も見る価値ありです。

 

他にもエルベ島に流される前にナポレオンが兵たちにあいさつした宮殿入口の馬蹄型の階段や、昼夜問わず戦略を考えていたナポレオンの姿が浮かんでくるような小住居棟も見ものです。

 

王たちの心を癒した優雅な庭園のみどころ

宮殿の外に造られた庭園も、見どころが豊富です。木々や花で幾何学模様を描くフランス庭園の、走りとなったのもこの宮殿です。ルイ14世の時代にヴェルサイユ宮殿の庭園を設計したル・ノートルに造らせた幾何学模様の花壇をはじめ、ディアヌの庭園やイギリス庭園、かつて王たちが祝祭を開いたとされる「鯉の池」も見物です。鯉の池の畔にあるルイ14世がルイ・ル・ヴォーに造らせたパヴィオンでは、王や王族たちが夜食を楽しみました。また、1814年にナポレオンが退位の儀式を行った「白馬の中庭」も必見です。

 

まとめ

フランス芸術文化の発祥の地で、フランス歴代王たちに愛された華麗な宮殿です。フランスの宮殿美を存分に味わうなら、このフォンテーヌブローの宮殿とヴェルサイユ宮殿、ルーブル美術館を共に観光してみてはいかがでしょう?宮殿美を追求したフランス王たちの、心の声が聞こえてくるかも。

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