フランス

ヨーロッパ最大の歴史的城塞都市「カルカッソンヌ」

出典:ウィキメディアコモンズ

 

歴史的城塞都市カルカッソンヌは、ヨーロッパ最大の城塞都市です。
世界遺産の街としてフランスで人気の観光地となっています。「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」という言葉が生まれるほど、魅力的な世界遺産です。ラ・シテとは城塞都市という意味。スペインとフランスの国境にあり、古くから交通の要衝となっていました。二国の間でのさまざまな歴史の舞台になった様子も垣間見ることができます。

 

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歴史的城塞都市カルカッソンヌとは?

カルカッソンヌ最大のみどころは、長さ約3kmにも及ぶ二重の堅固な城壁です。この城壁には、防衛のために建てられた、53もの見張り塔があり迫力満点。周りをぶどう畑が囲んでおり、美しい景観も魅力です。現在も城塞都市の中には人が住んでおり、古い家並みが続く石畳の小道を散策すれば、中世に迷い込んだよう気分を味わえます。夜のライトアップされた姿は、壮麗でこの城塞都市の魅力に引き込まれるようです。

 

難攻不落の城塞と称された中世の城塞都市「歴史的城塞都市カルカッソンヌ」は、1997年に世界遺産に登録されました。登録基準は、文化遺産(ⅱ)(ⅳ)です。一時期荒廃しましたが歴史的価値を認められ、再建された歴史を持っています。カルカッソンヌの街は城壁の中にありますが、姫路城などの日本のお城は城下町に囲まれています。世界遺産同士を見比べて、ヨーロッパと日本のお城文化の違いを見比べるのも面白いかも。

 

城塞都市の沿革とみどころ

紀元前3年に西ゴート族が造ったのが、城塞のはじまりです。その後、3世紀には、ローマ帝国の支配下に置かれ、本格的な城塞都市が造られ益々反映しました。モンターニュ・ノワールとピレネー山脈の間にあり、地中海と大西洋を結ぶ要衝の地とされていたのです。戦略的に優位な地として数々の戦火を潜り抜けています。

 

13世紀前半には、ローマ教皇が送り込んだ、20万を超えるアルビジョワ十字軍の攻撃を受け突然姿を消しました。それは、城主のトランカヴェル家をはじめ住民たちも、キリスト教の中でも異端とされているカタリ派を信仰していたからです。この頃、カトリック教徒は、人気のあったカタリ派に驚異を抱いており、徹底的に攻撃を加えたようです。カルカッソンヌの人々は籠城戦により対抗するも3週間で陥落しました。

 

見逃せないスポットに一つに城塞内の唯一の教会があります。1096年に礎石が置かれた、サン=ナゼール大聖堂です。この城塞の南に位置し、ロマネスクとゴシック様式が混在した造りとなっています。13~14世紀のステンドグラスは必見です。19世紀の城塞都市復元の元で、パリにあるノートルダム寺院の建築を手掛けた、ヴィオレ・ル・デュックによって素晴らしい姿を取り戻しました。

 


出典:ウィキメディアコモンズ

現在の城壁内にはレストランやカフェ、お土産屋さんが立ち並び、賑わいを見せています。旧司教邸跡は、シテ内きっての高級ホテルになっています。このホテルに泊まり、2500年ものこの地の歴史の流れに思いを馳せながら過ごしてみるのもおすすめです。

 

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2500年の悠久の歴史を語る城塞のみどころ

12世紀には「城塞の中の城」コンタル城が建設されました。戦渦に巻き込まれる度に改良され、強固な城へと変化していきました。難攻不落と呼ばれる要因ともいえる、二重の城壁は1245年に完成しています。先ほどご紹介した、ローマ時代の城塞跡に建てられており、下部に残るローマ時代の石も必見です。


出典:ウィキメディアコモンズ

この城壁のお陰で、数々の戦争を潜り抜け、かの百年戦争による英国からの戦火にも耐え抜いたのです。しかし、1659年にフランスとスペインの国境線が、ピレネー条約締結により決められ、要塞としての役割から解放されると次第に荒廃の一途を辿りました。難攻不落と呼ばれた城塞が荒廃したのは、このような理由があったのです。
せっかく来たなら、ガイド付きツアーに参加して、自由見学では見られない必見スポットを見学するのも醍醐味ですよ。

まとめ

城壁からは、カルカッソンヌの町並みを望め、その絶景は素晴らしいものです。また、カルカッソンヌのもう一つの世界遺産ミディ運河をクルーズで、水門を潜り抜けながら美しい水辺の景色を満喫するのも贅沢な観光です。ぜひ足を運んでみては?

 

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